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File - 3 《1971年1月場所 大鵬、玉の海との優勝決定戦を制す》

大鵬vs玉の海197101.tiff 「もうそろそろ自分なりに花道をつくらねばならん。今場所が最後のチャンスだと思う。明日の玉の海戦、なんとかならんか」

 1980年5月から9月まで、『週刊ポスト』で八百長の告発をした四季の花(元十両力士、「中盆」だった)は、千秋楽前にこう大鵬から持ちかけられた。すでに一時代を築いた大鵬の力は、1970年代になると衰え出していた。

 1971年の初場所の千秋楽、それでも大鵬は13勝1敗で来ていた。ただし、二場所連続優勝中の横綱・玉の海は14戦全勝。

 四季の花は、玉の海の横綱昇進の一番で、大鵬に転ばせていたので、その貸しを返してもらうことにして、玉の海と交渉した。ただし、注目の一戦なので「大相撲にしてください」と注文を付けた。その言葉通り、本割りは水入りの大相撲となり、大鵬が勝つと、次の優勝決定戦でも大鵬が勝って優勝した。

 「横綱には金額は”まかせる”といわれたから、礼はオレの独断でやった。100万、懸賞金が20本くらいつくからそれも全部玉の海に渡した。総額110万円ぐらいだね」(『週刊ポスト』1980年5月30日号)

 これが、大鵬の最後の優勝となった。大鵬が引退したのは、この年の5月場所。以後一代年寄りとなって後進を育て、2009年には文化功労者となった。

注射名勝負、昭和46年初場所・千秋楽、大鵬 vs 玉の海、『本割』

注射名勝負、昭和46年初場所・千秋楽、大鵬vs玉の海、『優勝決定戦』

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LinkIconFile - 1 1960年3月場所 栃錦・若乃花の千秋楽全勝対決


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