第5回 ブックメーカーもまっ青の千代の富士の優勝 - その1 〈相撲をスポーツと誤解したブックメーカー〉
英国ブックメーカーの相撲ベッティングを語るとき、忘れられない事件がある。それは、彼らが日本上陸を果たしたばかりのころ、日本人会員によって大損をさせられたという、信じがたき事件である。この事件は、かなり話題になり、週刊誌にも取り上げられた。事件があったのは、1990年の九州場所(11月場所)のこと。当時の『週刊文春』(1990年11月29日号)のコラム記事は、次のように報じている。
〈“縄好調”千代の富士に英国賭博会社の大ボヤキ〉
干代の富士の意外な(?)絶好調に青ざめているのがダイノサイト社。おなじみ英国政府公認の賭博会社だ。
九州場所の優勝力士当てで、病み上がりの千代の富士に5倍のオッズをつけたら投票が殺到。10万円単位で勝負してくる客がいたりで、最終オッズは2.2に下がってしまう。
「しかし、オッズ5倍のときに買った客は5倍の配当が支払われるため、千代が優勝したら胴元は大赤字です」(関係者)
旭富士は胴元のつけた2.8倍のままで、北勝海は3.5倍→3.8倍、霧島は4倍→3.4倍と大きな変動がなかったのを見ても、千代に大量投票が集まったのは明らかだ。
「胴元は、日本シリーズのMVP当てでも、デストラーデに40倍をつけて3千万円近い赤字を出した。『日本人は遊ぴを知らない、本気で大金を賭けてくる』とポヤいてます」(同)
エコノミック・アニマルをナメたらいかんぜよ。
この記事は九州場所がまだ行われているときに出たもので、結果次第でという前提で書かれていたが、実際に、千代の富士(現・九重親方)は優勝してしまった。
病み上がりといっても、注射を主力兵器とした大横綱だけに、この優勝は場所前から決まっていたようなもので、ブックメーカーは明らかにオッズ選定のミスを侵したのだった。しかも、この『文春』記事と平行して、もっと驚くべきことが起こっていた。
それは、このとき、ブックメーカーのある日本人会員(富山県在住)が、単勝(優勝力士当て)ではなく、任意の2力士のマッチベットに大金を賭け、そのすべてを的中させて、なんと2500万円もの配当(リターン)を得たということだった。
もちろん、ブックメーカーは大ダメージを受けた。ブックメーカーにとってオッズの選定ミスは致命傷となるが、このときばかりは彼らもわが目を疑い、「なぜ相撲ではこんなことが起こるのか?」と真剣に悩んだという。
答は簡単だった。
相撲は、英国のブックメーカーが信じるようなスポーツではなかったからだ。つまり、この九州場所での相撲は、ほとんどが注射相と言っていいのである。そのことを知っている人間なら、ブックメーカーのオッズ選定のミスをつけたのである。つまり、千代の富士の優勝オッズは1.0倍、元返しでなければならい。なぜなら、場所前から優勝シナリオがあったからだ。