Opinion - 8
なぜ、谷川親方はたった一人の抵抗をして退職届を提出しなかったのか?
現役時代に八百長に関与していたとして、日本相撲協会から退職勧告を受けていた谷川親方(37)=元小結海鵬=が4月5日、都内の八角部屋で会見し、退職届を提出しないことを明らかにした。そして、翌6日、ついに相撲協会から解雇(永久追放)されてしまった。
まさに、たった1人の抵抗である。
ほかの22人は退職届を出したのに、なぜ、谷川親方だけが処分を飲まなかったのか? 以下、それを考えてみたい。
記者会見で、谷川親方は涙を浮かべながら、こう潔白を訴えた。
「私は14年間の現役生活で、1度たりとも八百長相撲を取ったことはありません」
そうして、用意した文章を読み上げ、「私は自分の信念を貫き通し、退職届を提出いたしません」と宣言した。この文章を読み上げた後は、質問に3問答えただけで会見を打ち切ったが、ここには、男の意地が込められていたと言ってよい。「自らの気持ちに背いてまで、退職勧告に従うわけにはいかない」と、最後は涙をぬぐったからだ。
この涙にはいろんな意味があるだろう。
驚くべきは、現役時代、注射力士だった師匠の八角親方(元横綱北勝海)が、「部屋が空いているから、ここで(会見を)やれ。人前でちゃんと言わないとだめだ」と後押したことだ。これが、涙の理由の一つ。いわゆる男泣きだ。
続いては、特別調査委員会の手法に納得がいかなかったこと。提出した携帯電話は解析されず、「進んで出したものに重要な情報はない」とあしらわれた。ビデオの検証も「特になかった」と主張しているから、悔し涙だ。
次は家族のこと。「退職届を出すことは(八百長を)認めたことになる。二児の父として、一相撲人として、一社会人として、今までも、これからも正々堂々胸を張って生きたい」と、決意の涙というわけだ。
では、なぜ、谷川親方は自身を潔白と思っているのか?
これについては、テレビに出ている解説者は一人も解説しなかったので、ここで、あえてこう解釈しておきたい。
谷川親方が思っている潔白とは、「金銭絡みの八百長はしなかった」ということだ。つまり、力士にとっては、星の貸し借り、星回しは八百長ではないのだ。カネで星を買う、売ることが八百長なのであって、谷川親方は「それはやっていない」と、主張したいのである。それなのに、カネで星の売り買いをしていた連中と一緒に処分されることは、納得いかないのである。
八百長を否定してきた力士たちは一貫して、「納得はいかない。やっていない」と言いつつも引退届を提出した。それは、半分は諦めもあるが、半分は金銭絡みの注射に関与していたこともあるはずだ。また、今後を考えて、退職金という、目の前にぶら下がっているニンジンを取りに行ったということもある。退職金は、三役経験がある十両・霜鳳(時津風)で、力士養老金と勤続加算金を合わせると、約1400万円 になる。十両経験があれば、それだけで500万円は保障される。
そこで、谷川親方のケースを退職金で考えると、昨年7月の名古屋場所限りで現役を引退しているので、このときすでに約1600万円の退職金を受け取っている。谷川親方は年寄としての勤続年数が浅いため、退職勧告に従っても元々退職金は出ない。つまり、谷川親方には、ここで退職届を出しても、解雇や除名となっても、金銭的には変わらない。それが、たった一人の抵抗と見ることもできる。
今回の八百長認定では、谷川親方(当時は海鵬)の該当相撲は、2010年初場所13日目、同年春場所7日目の春日錦との取り組である。これが星回しなのか、金銭注射なのか、当人同士にしかわからない。
ただ、今回の相撲協会の処分は、とんでもなく曖昧で、なんの基準もないのははっきりしている。それで、23人も追放して、改革が進んだというのは、呆れるしかない。過去のことはすべて水に流してくださいと、正直に訴え、公益法人の看板を下ろして出なおす。そうして、「これからは、ガチンコでも注射でも、もっと楽しめる相撲を見せます」と言えばいいだけではないか?
(2011年4月6日記)